人生は生きるに値する~浅利慶太先生 追悼

今日は東からの台風が列島を横断していますが、皆様が被災していないことを切に願います。

だいぶ長くブログを更新していなかったので、ご心配をおかけしていたかもしれませんが、私は元気ですよ~

13日に浅利先生が亡くなり、その前後で先輩が倒れ、後輩が大怪我をし‥と。この数日の間にいろんな事が重なり、なんとなく記事を書けずにいました。

数日前、参宮橋で用を足して夕方帰宅しようと歩いていたら、これからお参りに行くと言う四季の先輩方に何人もお会いしました。これはご縁かもしれないな、と思い、私もその一団について行き、浅利演出事務所で先生の遺影にお線香を上げさせて頂きました。

遺影の中の浅利先生の眼差しは、以前と同じ様に鋭く優しく。本気で芝居に向き合っているのか、を心の奥深くまで いつも見透かされている様な、強い眼でした。

劇団四季には確固たる理念と方法論があり、浅利先生は、大変に厳しい方でした。
私は散々叱られました。ボコボコに叩かれました。 一杯泣きました。時には反抗もしました。

だけど14年の在籍中、ほとんど仕事が途切れた事はありません。本番をやりながら次の稽古をするのは常で、時には3本の稽古を掛け持ちしました。
役者は舞台に上がってなんぼですから、それはもう、感謝しかありません。
沢山の叱咤と共に、沢山のチャンスと研鑽の時間を与えて下さった。今も自宅には、台本の山です。役者とは独り静かに、台本と向き合い続けるもの、と学びました。。

(2003年5月『異国の丘』で四季デビューを果たした時の記者会見で。)

外で既に10年のキャリアを積んでから劇団四季に入った私は、始めは四季のやり方に全くついていけなくて、事件ばかり起こし、迷惑を掛け、決して従順ではなかった問題児。 
いつも『雰囲気芝居だ』『感情過多だ』と叱られ続け??でも表現や技術が追いつかなくても、
せめて、せめて、浅利先生の本気度には負けるもんか!なんて息巻いてました‥
浅利先生が見ている高みに、少しでも近づきたくて。

別にクリスティーヌが、グリザベラがやりたくて四季の門を叩いたのじゃなく、四季の方法論と言うものが知りたくて自ら入ったのに、いつの間にかそれは、【浅利先生に認めてもらいたい】っていう目的だけに集約されていってしまった。

私はあっという間に病みました。14年で3回、鬱になりました。ずっと薬漬けでした。

多忙で、しんどかった事だけでなく、「自分が弱いから病んだのだ」と、また自分を随分責めました。

強くなりたかった。芝居がもっと上手くなりたかった。否、浅利先生に認めて欲しかった!!!!
それだけでした、本当に。本当に、それだけ、だった。

12年目のある日、もう心身がどうにもならない位にボロボロになった時、「認めて欲しい」などの欲をようやく捨てられる様になった。

求めない。詩人 加島祥造さんの本がきっかけだったが、決して消極的な意味でなく、もう、何も求めまいと、淡々と、ただただ淡々と、稽古場に居た。

その時、始めて浅利先生に褒められた。

追いかけるのを止めたら手に入る‥その法則の、その通り、だった。。

その作品名は『二人のロッテ』。旅公演で長丁場だった為、その途中で浅利先生が四季を退陣なさる際には 私達は全くカヤの外でした。

先生が「これからの四季を頼むぞ」と皆に挨拶をして去ったのを後日 伺った時には、泣けて泣けて、数時間動けずに居た。涙の湖に溺れそうな位に、人生の中で一番泣いた。
それは何の涙だったのか、今でも、自分でもよくわからない。。

あんなに認めて欲しかったのに、叩かれ過ぎた為か いつの頃からか浅利先生の前では全く笑えなくなっていた私。
いや、常にファイティングポーズをとっていた。

本当には、私は浅利先生に認めて欲しかった、のではなく、ただ微笑んで欲しかったのか。だって私はただ必死だったから。いじけ過ぎてしまい、構えた拳をどう下げてよいのか、解らなくなっていたのだろう‥
激しく拗ねていたんだ、と思う。頑なに。

いま、自分が教える立場になってみると、色々と感じる事がある。
叱るのはとてもエネルギーが要るし、気も遣うしシンドい。後のフォローも面倒だ。それでも叱るのは、愛以外の何ものでもない。

浅利先生、そんな事もわからずに、私はいじけて拗ねていた不甲斐ない者です?でもそれも、先生には全てお見通しでしたね、きっと。

浅利先生と最後に交わした言葉は、2014年、旅公演に出る時、『どうだ?芝居は楽しいだろう?』でした。
はい、浅利先生、何があろうと、やっぱり芝居は楽しい!

2003年12月『AIDA』初演。冒頭のアムネリス(私)のソロ。浅利先生から頂いた直筆の訳詞原稿です。

~この世に伝わる物語り‥
浅利先生の人生は一本の芝居の様にドラマチックだ。繊細に大胆に、情熱的に 鮮やかに” 今 ”を生きた方だ、と感じる。

誠に、~人生は生きるに値する~ですね、 浅利先生!!